イラスト・ユーロ 翻訳クラブ

Les autres 1

パリで見つけた絵本の〈翻訳クラブ〉 par 泉りき

テキスト Les autres NO.1   表紙 〜 P.6

Les autres

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(2014年出版 Editions Cambourakis/仏語翻訳 Amandine Schneider-Depouhon 伊語原文Susanna Mattiangeli
イラストレーターCristina Sitja Rubio)

 

 

はじめに

■翻訳にあたって、最初の印象を大事にしましょう。

まず絵本をざっと見て、最初に感じた印象を最後まで忘れずに、心にとどめておきましょう。絵からうけた印象、ちらっと読んだ文章の印象が大事なのです。
読み進めていくうちに、ことなってくるかもしれません、そうなってもかまいませんから、持ち続けてください。

■どの程度まで、自分の解釈が許されるのでしょうか?

こんな質問がよくあります。「辞書との差は、どの程度ゆるされるのでしょうか?」 辞書で探したが、的確な訳がない・・・辞書にない言葉に置きかえて、文章を作り替えてもいいものか?と言うことです。

わたしの意見では、まず辞書で調べることは大事なことです。間違った判断や誤訳はいけないので、まずは調べます。
そのあと、直訳してから、自分の言葉にし、さらに“伝える言葉”にするのがよいのではないでしょうか。

・ある方が、おっしゃいました。
「星の王子様」(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ) フランス語原題:Le Petit Prince、英語: The Little Prince ですが、どこにも“星”は入っていません。翻訳時に加えられたもので、すばらしい訳だと思います、と。

・他の例として-

日本でもヒットしたフランス映画「最強の二人」(2011年)は、フランスの原題:Intouchables(社会からはみ出た者たち、本来は出会うはずのない者たち)です。日本語のタイトルのおかげで、映画のテーマである二人の強い絆が理解できます。
逆に宮崎駿氏の「千と千尋の神隠し」(2001年)は、フランスでは「Le Voyage de Chihiro」となり、「千尋の旅」となっていました。フランス人に「神隠し」という言葉はわからないし、その説明には多くの言葉が必要でしょう。

このように、あくまでも内容は正しくあるべきですが、受け手の対象者によくわかるような言葉と情景を作り出すことが、翻訳の役目だと思います。

■原文にあった単語や表現を、訳文に残さない・・・学んだ先生の教えでした。

この一言は、前述の事項と同じことを言っています。熟語や決まり文句を辞書通りに訳すのでは、おそらく、何を言っているのかわからないでしょう。
ごまかしや、嘘を言うのではありません。生活習慣や文化、風土が異なっているのですから、やはりその差異を、状況に応じて調整し補って、理解しやすい訳文が生まれるものです。
たとえば、「時制」で、原文が過去形や半過去形のものを、現在形にしてしまうこともあります。読者の思考に自然に入っていくことを、めざしたいと思います。

 

Les autres    翻訳のポイント

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1)表紙〜P6

① 絵本を見た最初の印象

屋外に、たくさんな人が行き来している絵です。きっと、この街はパリだろうと、皆さん答えられました。

もとは、イタリアで出版されたことから、ローマか?とも考えられましたが、パリだろうと。東京ではないでしょう、東京は、もっと混み合い、熱っぽい感がします。

② タイトル  『Les autres』

autresは、ほかの、とか、別の、もう一方の、他の人、他のもの、などとなります。

複数形では「ほかのすべて」で、このタイトルは複数形なので、「ほかのすべての人」とも、さらに辞書を見ていくと「他人」と言っても「複数の人々」にたどり着きます。「人々」、少し飛躍させ「彼ら」「見知らぬ人々」「多くの人々」とも出てきます。

いずれにしても街に行き交う人々をさしているのだろうと思われます。どれも間違いではありません。

わたしは、街を行く他人の人々、今この街で、自分と同じように生きながら、近いようで、でも話すことはない、を示すために「世間の人々」と少し生活感を出してみました。

③ P.1 の ポイント

ILS ONT PLEIN DE TÊTE, PLEIN DE PIEDS, PLEIN D’ODEURS.

この行は、なかなかフランスらしい表現です。
直訳では、「彼らは、たくさんの頭を、足を、においを持っている。」

だいたい、意味はわかります。街には様々な人がいることを示しています。しかし、ぎくしゃくしています。

「頭」というのは、ストレートすぎるなと思い、「表情」にしてみました。また「足」も「足取り」に、「におい」は他にいい言葉を思いつきませんでした。ある人が、フランスでは香水をつけた人が多い、とか、体臭のきつい人がいる、と話してくださいました。

フランスでは、子供用の香水を両親が与えるのが一般的なようで、においでいいかな、と思いはじめました。

「さまざまな表情で、足取りで、においで、街を歩いている」としました。

その上で、フランス人に聞いてみました。そうすると、「街にでると、一番最初に、顔ではなく、顔も含めた頭が目に飛び込んでくる、足も同じで、ズボンの足とか短い足とか、素足の足とか。だから、足でいいのではないか。においは、香水や体臭だ」との話が出ました。街に出て、瞬間目に入るのは、確かにおっしゃるとおりです。わたしの訳は、時間的に、ゆとりのある視線でしょう。

「街にでると、さまざまな頭、いろんな足、においが飛び込んでくる」とします。

④ P2 の ポイント

ON DIRAIT QU’IL N’Y EN A JAMAIS DEUX PAREILS.

ON DIRAIT QUE~のDIRAITは、条件法ですから、「ということことだ、…らしい」と推測の表現でよく使われます。
JAMAISは、NE とセットで否定を表します。

ENは、前ページのPLEIN DE TÊTE, PLEIN DE PIEDS, PLEIN D’ODEURS を示している代名詞でしょう。

直訳は、二人として同じ人はいないようだ。
ただ「二人として同じ」は、日本語としては「(誰)一人として※」となります。

そこで、わかりやすさも加え、「一人として同じ(姿の)人などいないようだ」としました。

⑤ P3 の ポイント

このページは、美術館の中のようです、と皆様から指摘がありました。そのようですね。屋外から室内のシーンに変わりました。前ページからシーンが変わる、あるいは場所が特定できるときは、冒頭に「美術館では」といれてもよいかも知れませんね。
原文になくても、読者のイメージを広げ、はっきりさせることになります。

⑥ P4 の ポイント

ILS NOUS PLAISENT BEAUCOUP, OU ALORS PAS DU TOUT;

ILS NOUS FONT PEUR OU BIEN ILS NOUS FONT RIRE.

このページから突然、主語にNOUS(私たちは)が出てきました。

翻訳の場合、書き手がどの位置にいるか、どの位置でシーンを見ているかを、つかむことが大切です。この絵本は、最初のページで「街には、さまざまなタイプの人々がいる」と、作者は観察者のような位置にいました。

ここでNOUSを登場させることで、観察者も書き手ひとりではなく、複数の視点となり、もしかしたら読者も巻き込んでいるかも知れません。

もうひとつ、絵本の最初から登場する主語ILS(彼らは)=LES AUTRES(人々は)は、複数形です。これに対してJE(私は)では単数となるため、複数形を選んだのでしょう。

「彼らは、私たちをたいそう喜ばせたり、もしくはそうでなかったりする。怖がらせたりするし、笑わせたりもします」直訳的には、こんなことでしょうか。

現在形が使われているので、事実を言っているのでしょうが、ここでは人間どうしの関係として、もうし少し柔らかくしてみました。

「仲よくしたい人もいるし、つきあいたくない人もいる。怖そうな人、おもしろい人もいる。」

このあたりは、皆様のイメージを広げやすい部分なので、いろいろ体験も交えてお作りになるとよいのではないでしょうか。

⑦ P5 の ポイント

場面が変わり、カフェのシーンになりましたね。
文章が複雑になってきました。細かく見ていきましょう。

JUSTE AVANT, ILS ÉTAIENT AILLEURS,
少し前に   彼らは別の場所にいた

PUIS, TOUT D’UN COUP, TU TE RETROUVES FACE À EUX:
そして、 突然、    君は彼らに向き合うことになる

ILS SURGISSENT DU COIN DE LA RUE,
彼らは現れる  道路の角から

PASSENT MAIS JAMAIS NE SALUENT.
通りすぎる  挨拶なしに

そこでこんな風にしてみました。
「ついさっきまで、出会うはずもなかった人が、今は目の前にいる。
通りの角からでてきたかと思えば、挨拶なしに通り過ぎていく」

■主語のTUに注目してみましょう

このフレーズの中で、突然TU(きみは、あなたは)が初めて出てきました。
ILS(三人称複数形) NOUS(一人称複数形)そして二人称単数形のTUが登場です。

これは、読者のあなたに「こんなこともありますよね」と、軽く同意を求めているのではないかと思います。“突然、街角から知らない人が飛び出してきますよね、”というような雰囲気でしょう。

また絵の中に、こちら向いて手を振る人がいます。この人が、読者のあなたに呼びかけたのかもしれません。

ここまでのページでは、街を行く群衆のようすが書かれてきました。ここで“きみ”とすることで、群衆の中から、焦点をひとつにしぼり、ズームした効果があります。

絵は、行き交う人を描いていますが、文章はひとつに焦点を当て、効果的です。

■時間の流れに注目しましょう

2つの時制で、シーンが書かれています。
ILS ÉTAIENT AILLEURSとTU TE RETROUVESです。

前者は、ここで出くわす前、他の場所にいたことを示しています。それは過去の話です。が、漠然としている。そこで半過去形です。
後者は、今の事実だから直説法現在形となっています。

⑧ P6 の ポイント

POURTANT, PARFOIS, TOUT D’UN COUP,
TU DIS BONJOUR À L’UN D’EUX, COMME ÇA,
AU HASARD.
CERTAINS RÉPONDENT
ET TE SOURIENT,
D’AUTRES NON.

ここでは、TU(きみは、あなたは)が、完全に主体者になってきました。
「でも偶然、知り合いを見つけて、自分から声をかけることもある。
それに気づいて、こちらに笑顔を向ける人もいる。
声をかけたことに、気づかない人もいる。」

ここは、「あなた」に向けられたフレーズですので、あなたの経験でいい訳を見つけてみるのも、楽しいでしょう。

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※このNO.1の原稿は、2015年5月31日に書いたものです。

この絵本の解説と他の絵は:http://www.illust-euro.com/?m=201503&paged=4
この絵本のお取寄せは:http://illust-euro.ocnk.net/product/221

次回 NO.2は、P.7からです。

お断り
翻訳クラブでの翻訳は、同好メンバーの勉強や研究のために行っているもので、商業目的ではありません。
La traduction français-japonais fait partie des exercices pratiques de Honyaku Club, non pas à but lucratif, ni commercial mais juste pour apprendre la langue française.
The French-Japanese translation is part of practical exercises Honyaku Club. It is for study purpose only, not for profit or commercial.